大判例

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東京高等裁判所 昭和28年(う)1234号 判決

被告人 梶原徳忠

〔抄 録〕

論旨第一点及び第二点について。

論旨は、まず、被告人は渡辺彌太郎自身が原判示五枚の投票所入場券で投票するものと考えこれを同人に交付したものであつて、渡辺彌太郎がさらに他の者に投票させるとは考えていなかつたものであるから、本件の所為につき共犯としての責を負うべきものでないと主張する。しかしながら、原判決の挙示する証拠及び一件記録によれば、所論のように渡辺彌太郎自身が投票するものと被告人が信じていたとは認められないのみならず、かりにその現実の投票実行者に関し被告人に所論のような錯誤があつたとしても、それは共犯の成立を否定するものでもなければ、故意を阻却するものでもない。従つてこの点の主張は採用することができない。

次に、本件は、前記のように他人の投票所入場券をもつて投票した事件であるが、一件記録に現われたところによれば、当該投票所の係員であつた清水英吉、渡辺栄らはその投票者が他人の入場券を使用して投票するの情を知りながらこれを投票せしめたものと認めざるをえない。そこで、論旨は、本件の所為は公職選挙法第二百三十七条第二項にいわゆる「氏名を詐称し」たものに該当しないと主張するのである。なるほど「氏名を詐称し」ということばを投票所係員をして真にその氏名の本人であると誤信させるという意味に解するならば本件の所為はこれに該当しないというべきであろう。しかしながら、ここにいう「詐称」をあたかも刑法詐欺罪における「欺罔」と同様に解することは必ずしも正当であるとはいえない。けだし、詐欺罪においては、個人の意に反して財産的利益を失わせるという点にその処罰の根拠があるのであるから、それが錯誤に基くということは本質的なことがらであるが、詐僞投票罪においては、要するに投票が正当な選挙人によつて公正に行われないというところはその処罰の理由があるのであるから選挙事務を取り扱う側で錯誤に陷つたかどうかはその場合必ずしも重要なこととはいえないからである。本件についていえば、投票者が他の者の氏名を称したことは明らかであるから、それが「詐称」という概念に一応あたることは疑がない。ただ詐偽投票罪においては氏名を詐称したことが投票の手段となつていなければならないから、その詐称が現になされた投票といかなる関係をもつものであるかを検討してみる必要がある。そこで、投票の具体的手続を公職選挙法令によつて見てみると、選挙人が投票するにはまず投票所において選挙人名簿又はその抄本の対照を経なければならず(公職選挙法第四十四条)、その対照を経てはじめて投票用紙の交付を受けることになつている(同法施行令第三五条)。従つて、投票管理者側が氏名の詐称によつてこれをその本人であると誤信し、投票用紙を交付したような場合には、詐称と投票との間に因果関係の存することは明瞭であり、またこれが法の通常予想する事態であると考えられる。しかしながら、あえてその場合だけに限らず、投票所係員がその選挙人名簿に登録された本人でないことの情を知つており、その不正な投票を許容しようと考えていた場合であつても、右のような手続が法によつて規定されている以上、一応その者に選挙人名簿に登録された者の氏名を名乗らせ、名簿との対照確認を経た形式を履むのでなければ、その目的を達することは実際上不可能又はきわめて困難なのであるから、本件のような事例においても他の選挙人の氏名を詐称することはやはり投票の重要な手段たることを失わないというべきである。すなわち、かかる詐称の事実がなければ、本件投票も実際行われえなかつた関係にあるので、本件の所為もまたまさしく氏名詐称という方法により不正投票をしたものにほかならないのであつて、かくのごとく、いやしくも他の選挙人の氏名を詐称しこれによつて投票をした以上、投票管理者側がその詐称の情を知つてこれを許容したと否とにかかわらず、その所為は公職選挙法第二百三十七条第二項の罪を構成するものと解するのを相当とするから、原判決が本件所為を同条項の罪にあたるものとしたことには、事実の誤認もなければ法令の適用の誤があるともいえない。論旨は、本件の所為はむしろ同条第一項の「選挙人でない者が投票をしたとき」に該当すると主張するのであるが、同項はその文理からも知られるとおり全然選挙権のない者が投票をした場合を規定したもので、しかも第二項との関係からいつて氏名詐称等の詐僞の手段が用いられなかつた場合に限ると解しなければならないから、畢竟同項は、同法第四十二条第二項及び第四十三条の規定をうけて、選挙人名薄には登録されているが実際は選挙権のない者が投票をした場合を規定したものと解するのが相当である。しかるに本件の所為はこれには該当せず、むしろ前に説明したとおり同法第二百三十七条第二項に該当すると解すべきであるから、この主張もまた採用することができない。論旨は理由がない。

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